「勤怠管理に不備のある企業」は労働基準監督署からどんな指導を受けるのか?
-令和4年度の監督指導の結果から-

働き方改革 / 工数管理


 厚生労働省は令和5年8月3日、長時間労働が疑われる事業場に対する令和4年度の監督指導結果を発表した。そこで今回は、本結果から「企業の勤怠管理の不備」に対する行政の監督指導の現状を見てみよう。

監督指導の対象は33,218事業場

 今回発表されたのは、労働基準監督署が令和4年4月から令和5年3月までの1年度間に実施した監督指導についてで、以下に該当する33,218事業場が対象とされたものである。

・時間外・休日労働時間数が月に80時間超と考えられる事業場
・長時間の過重労働による過労死などで労災請求が行われた事業場

 対象となった事業場を規模別に見ると9人以下が最も多く、全体の44.1%に当たる14,662事業場である。2番目に多いのが10人以上29人以下の事業場で、同じく31.7%に当たる10,536事業場が対象とされている。

 従って、長時間労働の懸念から監督指導が行われた事業場の4分の3は、29人以下の事業場ということになる。小規模の組織ほど労務管理を適切に行えていない経営実態が、明確に表れた結果といえよう。

法令違反には是正勧告が行われる

 監督指導の対象となった事業場で何らかの労働基準関係法令違反が確認された場合、当該事業場に対しては労働基準監督署から是正勧告が行われることになっている。是正勧告とは、違反事項の改善を求めて労働基準監督署が実施する行政指導である。

 具体的には、法令違反が確認された事業場に対し、労働基準監督署から是正勧告書と呼ばれる書面が交付される。是正勧告書には違反の内容や是正の期限が記載されているので、交付を受けた事業場は記載された期限までに指摘事項の是正を行わなければならない。加えて、是正した内容を記載した是正報告書を作成し、労働基準監督署に提出することも要求される。

 仮に、労働基準監督署から繰り返し是正勧告を受けても違反事項の是正に取り組まなかったような場合には、検察庁に書類送検されることもあり得る。そのような事態に陥れば、労働基準関係法令に定められた罰則を受けることにもなりかねない。

 従って、是正勧告を受けた場合には、指定された期限までに真摯に対応する姿勢が必要となる。

是正勧告の対象となる『労働時間を適切に把握していない事業場』

 令和4年度に監督指導の対象となった事業場からは、多数の労働基準関係法令違反が確認された。33,218事業場のうちの81.2%に当たる26,968事業場が法令違反に該当しており、労働基準監督署が是正勧告による行政指導に踏み切っている。

 最も多かった違反行為は、「違法な時間外労働」である。法令違反が確認された事業場の52.5%に当たる14,147事業場で「違法な時間外労働」を実施していた実態が確認され、是正勧告が行われている。2番目に多かった違反行為は、「過重労働による健康障害防止措置の未実施」。同じく32.8%に当たる8,852事業場で確認され、是正勧告の対象とされた。

 実は、この「過重労働による健康障害防止措置の未実施」の中には、『労働時間の状況を適切な方法で把握していない事業場』が含まれている。そのような行為は、労働安全衛生法第66条の8の3に違反するからである。

 ただし、8,852事業場のうちのどの程度の事業場で労働時間の把握に関する法令違反が確認されたのかは、詳細な情報が公開されていないため不明である。

『労働時間の把握に問題を抱える事業場』は増加基調か

 今回発表された令和4年度の監督指導結果は、前年度である令和3年度の結果と比較してどうなのだろうか。

 実は、令和3年度は長時間労働が疑われて監督指導が実施された事業場のうちの74.0%で、労働基準関係の法令違反が確認されていた。一方、令和4年度は前述のとおり81.2%の事業場で法令違反が確認されたため、数値は前年度よりも7.2ポイント上昇していることになる。

 また、「過重労働による健康障害防止措置の未実施」については、令和3年度は法令違反状態にあった事業場の25.4%で確認された。これに対し、令和4年度は7.4ポイント増加して32.8%の事業場で確認されている。

 従って、長時間労働が懸念される事業場では法令違反行為が増加基調にあり、「過重労働による健康障害防止措置の未実施」の一例である『労働時間の状況を適切な方法で把握していない事業場』についても、増加傾向にあるといえそうである。

「始業・終業時刻を確認・記録すること」について指導票の交付も

 監督指導の際には、明確な法令違反とまではいえないために是正勧告の対象にはならないケースであっても、「改善をすることが望ましい」と労働基準監督署が判断をすることがある。そのような場合には、労働基準監督署は事業場に対して指導票という書面を交付することにより、行政指導を行う。

 指導票には「改善をすることが望ましい」とされる内容や報告の期限が記載されている。そのため、指導票の交付を受けた事業場は記載されている期限までに指摘事項に関する対応を行い、その内容を記載した改善報告書を作成して労働基準監督署に提出しなければならない。

 令和4年度の監督指導では、6,069事業場が「労働時間の把握の不適正」を指導票で指摘され、厚生労働省のガイドラインに適合した管理を実践するよう行政指導が行われた。厚生労働省のガイドラインとは、同省が平成29年1月20日に策定した『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン』のことである。

 労働時間の適正な把握に関する具体的な指導内容で最も多かった事項は、「労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認・記録すること」。労働時間の把握が不適正とされた6,069事業場のうち69.6%に当たる4,223事業場が、「始業・終業時刻の確認・記録」を指導される結果となった。

 また、「始業・終業時刻の確認・記録」を指導された事業場は、令和3年度が労働時間の把握が不適正とされた事業場のうちの61.0%であったのに対し、令和4年度は69.6%で8.6ポイント増加している。「始業・終業時刻の確認・記録」に問題を抱える事業場は増加傾向にあるようである。

ガイドラインを踏まえた労働時間の把握が必須

 現在、労働時間を適切に把握しない行為は行政指導の対象とされており、労働基準監督署では厚生労働省のガイドラインを基準に監督指導を実施している。そのため、改善の必要性が確認された場合には、本ガイドラインに適合した管理を行うように要求されることになる。

 従って、企業における労務管理の実務上は、本ガイドラインに記載のある『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置』の7項目を確実に実践することが大きなポイントといえよう。7項目の概要は次のとおりである。

(1)労働者ごとに日々の始業・終業時刻を確認・記録する。
(2)(1)は「使用者による直接確認」または「タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録などの客観的な記録」のいずれかに基づいて行う。
(3)(1)を労働者の自己申告で行わざるを得ない場合は、ガイドラインに定められている『自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置』の全てを確実に講じる。
(4)賃金台帳に労働者ごとの労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数などを適正に記入する。
(5)労働者名簿、賃金台帳に加え、出勤簿やタイムカードなどの労働時間の記録に関する書類も5年間保存する。
(6)労務管理部門の責任者は、労働時間管理上の問題点を把握し解消を図る。
(7)必要に応じて労使協議組織を活用し、労働時間管理上の問題点・解消策などを検討する。

利用が多い「タイムカード」と「自己申告制」

 ところで、令和4年度に監督指導の対象となった事業場では、日頃どのような方法で「始業・終業時刻の確認・記録」を実施していたのだろうか。

 最も多い方法がタイムカードの利用で、監督指導の対象となった事業場の40.4%に当たる13,423事業場がタイムカードを基礎とした確認・記録を実施していた。2番目に多い方法が労働者による自己申告制で、同じく27.3%に当たる9,059事業場が採用している。

 長時間労働の懸念から監督指導の対象となった事業場では、「始業・終業時刻の確認・記録」の実態を見ると、適切な労働時間管理が可能な状態とは言い難い面があるといえるだろう。

 例えば、最も利用度が高いタイムカードである。確かに、前述の厚生労働省のガイドラインでは、客観的な記録方法のひとつにタイムカードが挙げられている。しかしながら、タイムカードを利用する職場では、「出・退勤時の打刻忘れ」「使用方法を間違えたことによる打刻誤り」などが一定程度、発生する傾向にある。

 また、「本人に変わって別の労働者が打刻をする不正打刻」も散見される。なかには、上席者が残業中の部下のタイムカードを勝手に打刻し、時間外労働の数値を改ざんする悪質な事例も存在する。

 つまり、タイムカードを始業・終業時刻の客観的な記録方法として健全に機能させるには、全労働者によるタイムカードの適切な使用が大前提となるわけである。そのため、決して簡単なことではない。また、労働者による自己申告制を採用している場合にも、申告誤りや不正申告を完全に解消することは容易ではない。

 加えて、タイムカードと自己申告制のいずれも一般的には集計事務を手作業で行うため、集計作業で人為的なミスが発生しがちである。さらには、これらの管理手法では、集計作業が終了しなければ時間外労働の合計時間数が分からないなどの理由から、長時間労働への対応が後手に回りやすい。

 タイムカードや自己申告制は、「低コストで導入できる」「簡単に実施できる」などの理由から採用される傾向にある。しかしながら、上記のようなデメリットを勘案すれば、「労働時間の客観的な把握のために勤怠管理システムを導入する」など、管理手法の変更を検討することも必要だろう。

適切な労働時間管理で「安全かつ健康に働ける職場」の構築を

 11月になると、厚生労働省による過重労働解消キャンペーンが実施される。本キャンペーンの期間中には労働基準監督署による重点的な監督指導が行われ、「不適切な労働時間管理に対する指導」も重点的に行われる予定である。

 仮に、同一条項の違反に基づく是正勧告を1年間に2回以上受けた場合には、ハローワークへの求人の申し込みが一定期間、受理されなくなるなどの事態に陥る。このようなトラブルに見舞われることのないよう、この機会に自社の労働時間管理が厚生労働省のガイドラインに準拠しているかを見直し、「安全かつ健康に働ける職場」の構築を目指していただきたい。

《参考》
厚生労働省ホームページ:長時間労働が疑われる事業場に対する令和4年度の監督指導結果を公表します
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34504.html
厚生労働省ホームページ:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html

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