育休取得促進のために企業は何をなすべきか


敗戦直後、戦争の恐怖から解放された人々が、苦しい経済生活の中ながら復興を目指し、その結果「ベビーブーム」が起きました。その時には、日本列島から人がこぼれるのではと危ぶまれる程、子供が続々誕生しました。それから60年を経て、今、当時と比較にならない位豊かになり、かつ国が数々の支援策を打ち出しているにも拘わらず、出生数は減少を続け、人口の減少カーブが大きくなるばかりです。減少に歯止めを掛けるための残された打開策としての育児休業の取得促進のため何をすべきなのでしょうか。
 
 

1.人口減の厳しい見通し

総務庁統計局の発表によれば、2023年10月1日現在の日本の総人口は、1億2447万7千人(概算値)で、前年同月に比べ59万5千人も減少しました。ただ、世代毎の内訳をみると75歳以上のみが76万1千人増加し、正に少子高齢化に拍車がかかっていること思い知らされます。国立社会保障・人口問題研究所が、2020年の国勢調査確定数を出発点とする全国将来人口推計を行いました。それによれば、出生中位推計では(出生率を高く見込んだ推計を「上位推計」、出生率を低く見込んだ推計を「低位推計」、その中間を「中位推計」といいます)、2045 年の 1 億 880 万人を経て、2056 年には 1 億人を割って 9,965 万人となり、2070 年には 8,700 万人になるとされました。昨今のコロナ禍によって結婚や出産が更に減っており、一層早く人口減が進む可能性が高くなっています。
 
 

2.出生数増加のための支援策の数々

(1)育児費用の軽減策

このような危機的な予測への対策として、かなり前から子育ての費用負担を軽減するため、出産、育児に対し金銭面からの様々な支援策が採られてきました。まず、出産時には、➀妊婦健康診査の助成、➁出産育児一時金、➂出産手当金が支給されます。子育て時には、④育児休業給付金、⑤児童手当や児童扶養手当が支給されます。また、産休中と育休中は、被保険者本人と企業負担分の社会保険料が免除されます。加えて幼稚園費、保育費の無償化、義務教育の授業料(公立)と教科書代の無償支給、高校教育も実質無償化も実現しました(ただし、個々について支給要件や支給限度額が細かく決められていますので注意が必要です)。更に、大学進学、就学についても各種奨学金や高等教育の修学支援制度の充実が図られてきました。

(2)育児と仕事の両立支援

金銭面だけでなく、育児介護休業法のたびたびの改正により、両立支援策も充実してきました。2021年の改正では、育休が1子につき2回まで分割して取れるようになり、夫婦が交替しながら育休をとることが可能になりました。また、従来の「パパ休暇」が「出生時育児休業」に改正され、育休の一種として産後休業8週間のうち最長4週間取得でき、2回に分けての取得や、本人が希望し会社も了承すれば休業中でも勤務ができるようになりました。また、職場に育児護休業制度を周知徹底することや、社員の妻や自身の妊娠の事実を会社に届け出た場合に、その社員に育児制度を周知し制度利用の要否を確認することも、会社の義務としました。

(3)マタハラ、パタハラ防止

また、育児介護休業制度に対して無理解な経営者や管理職、同僚等によるマタハラ(マタニティ=母性)、パタハラ(パタニティ=父性)の発生防止体制の構築も会社に求めました。すなわち、育休制度の利用自体に対する阻害行為、あるいは、育休制度利用している状態に対する嫌がらせ行為を懲戒対象と規定すること。万一、それが発生した際には、事態収拾に向け適切に対応できる体制を構築すること(窓口設置等)を義務化しました。
 
 

3. 育児休業の取得が進まない事情

このように費用、育休制度、ハラスメント防止の観点から種々の対策が取られているにもかかわらずなぜ出生率向上に結び付かないのか。特に育児休業取得に焦点を当て考えます。

(1)男性の育休取得

【①今までの常識との大きなギャップ】
そもそもごく最近まで、「育休は女性しか取れない」とか、妻が専業主婦の男性社員(夫)は、育休を取得できないと思っている人がいる位でした。そんな状況で、男性社員が上司に「育休を取られてください」などいえば、その部下は「出世をあきらめた」とレッテルを張られかねませんでした。育児担当は妻だけだったのです。
しかし、夫婦共稼ぎが一般的になればなるほど、家事の夫婦分担が普通となり、育児についても「夫が妻の育児を助けなければならない」と考えられるようになりました。この程度の変化でも、仕事中心の世界にどっぷり浸かった夫にとっては大きな価値観の転換を迫られるものでしたが、その後わずか数年で、今度は「育児は夫婦が共同で取り組むべし」と大きく変化しました。男性にとって「任せっきりの育児」から、「妻との共同での育児」というあまりに大きな変化が、短時間で起きたのです。

【②本来のあるべき男性育休の未確立】
そんな時期に実例で、ある会社でこんなことがありました。その会社の某支店の男性社員が1年間育休を取りたいと言ってきたので認めたところ、育休中に無断で選挙に立候補し当選。挙句1年後の育休終了直後、職場復帰することなく退職してしまったのです。育休中に何をしていたのかという例です。
今年3月から国は、日本企業の横並び志向を利用して、従業員1,000人超企業に男性育休の取得率を公表する義務も課すことにしました(近い将来300人以上になります)。すると、厚生労働省は7月にそれらの企業では、男性育休等取得率が46.2%、男性の育休等平均取得日数が46.5日と大幅に向上したと発表しました。確かに公表義務化により、数値的に取得率は向上しました。とはいうもののこのような公表義務化は、対象男性に無理に育休を取得させるという実態が隠されている懸念があります。あまりに強く取得率という数値を目的とすると「とるだけ育休」になりかねません。

(2)女性の育休取得の意義のあいまいさ

女性の取得率は80~90%で、育休を必要とする女性社員がほぼ育休を取得しています。では、育休を取得した女性社員が、仕事と育児の両立をはかりながら、十分キャリアアップを図っているでしょうか。
まず、子供一人の育休に最大2年間、二人で4年間の職場離脱の可能性があり、更に看護休暇や短時間勤務が続くことで、会社における女性の存在感が高まりにくくなりました。そして、女性が育児によってキャリアを中断しても、復帰後会社でリーダーとして活躍することが一般的になっていません。これは、女性の管理職への課長以上の役職者に占める女性比率が7.9%(2023年の日経新聞がまとめた「スマートワーク経営調査」による)に止まっていることにも表れています。
この要因としては、今も女性自体が管理職を目指さない、同時に会社が女子管理職を望まないと言うようなことが背景にありますが、女性にとってキャリアアップに育休が寄与しているのか疑問が残る場合もあります。
 
 

4. 育休取得促進のために何をなすべきか

(1)男性育休の推進

【①業務の進め方そのものの改革】
男性女性に拘わらず長期の休業をとるためには、業務を棚卸しする必要に迫られます。この作業は時間がかかりますが大変重要な作業です。普段、これをやろうと思っても腰を落ち着けて取り組む時間的余裕がないのが常です。
ところが、育休取得に時には棚卸作業が不可欠であるためやらざるを得ません。そして、この棚卸作業を通じて、自分の業務の「本当に必要な業務」と「そうでない業務」が見えてきます。その結果、「無駄な業務」を廃し、必要な業務の絞り込み引継ぎます。また、業務内容を見える形にして同僚に引き継ぐことで、業務の属人化を排除することができます。つまり、仕事の効率化と属人化の排除が育児休業取得に不可欠と言えます。
これらを男性が安心して行うにはその前提として、会社が「出世に支障がないかの懸念」、「休業して自分の代わりに業務をしてもらうことの後ろめたさ」、「休業しても業務が何も問題なく進捗することによって自らの存在価値がなくなる不安」を明確に打ち消すことが重要です。

【②男性育休の体験談の共有】
基本的に、いったい男性が育休をとってどう過ごすかのイメージが湧かず、前述したような本来的な利用とは言えない例もあります。そこまでいかなくとも「取るだけ育休」というのが実態という場合もあります。今大事なのは、男性育休を如何に過ごすかを具体的に示すことが大事です。当然個々の社員ごとの事情は異なりますが、共通的に凡そやらなければならないことは何かを示すことです。そのため、育児と仕事の両立を実現するのに成功した社員の実例を、会社内外で紹介する。それを例えば、体験談を社内報で発信してもらう。これをベンチマークとして、あとに続く社員が増える可能性が出来ます。やはり身近な社員の成功事例こそが、男性育休の普及に大きな力を発揮してくれることは間違いないと思います。

(2)女性のキャリアアップ上の意義の明確化

女性の育休取得を支援することは、仕事との両立を支援することです。そして、子育てという大役を果たした女性が、その後の業務においてその経験を生かして、できるだけ多くの女性がリーダーとして活躍してくれる道を歩んでくれることが重要です。女性がそれを実現してくれることで、周りの社員や会社がその女性の両立支援をした甲斐があったと感じることができるとも言えます。つまり、業務での「成長」と「恩返し」を念頭に置いて業務を進めることで、周りからの暖かい支援が生まれます。
 
 

5.最後に

育児というのは、「自分を生み育ててくれた親や関与してくれた人々への感謝と、過去から未来の橋渡し役であることへの認識を持ち役割を果たす」ことへの責任感が根底にあることが求められます。
また、会社や上司部下同僚が社員の両立を積極的に支援することで、職場内の一体感が高まり、本人の帰属意識も高まり、ひいては離職率も間違いなく低下します。
更に、社員が育児の喜びや悩みを夫婦で共にすることで、育児不安やストレスが軽減され、職場復帰やキャリアプラン実現へのモチベーションアップに結び付くのです。日本列島から日本人が全くいなくなる、そんな恐怖の未来が訪れぬよう強く願っています。

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