発達障害が疑われる従業員への対応

働き方改革 / 生産性向上 / 人事労務


トラブルの事例

厚生労働省の令和4年労働安全衛生調査によると、過去1年間にメンタルヘルス不調によって1か月以上連続して休業した労働者がいた事業所の割合は10.6%、退職者がいた事業所の割合は5.9%であったとのことです。これは、どちらも1年前の同調査の数字を上回っています。

私も、これまで社会保険労務士として、メンタル不調の従業員についてのご相談を色々な職場から受けてまいりました。メンタル不調の原因は様々で、対応もケースバイケースですが、ある共通した特徴のあるお話しを聴くことがしばしばあります。それは「業務上問題のある社員を指導したところ、メンタルの不調を訴えて診断書を出してきた」という内容です。

代表的な事例を2つ挙げてみます。

例1:ミスを繰り返すAさん。厳しい指導を続けると、上司のパワハラを原因とする医師の診断書が提出された

Aさんは何度注意してもミスを繰り返し、指導してもメモを取ろうとしない。

大きなミスを起こしそうになったので、それ以後は上司がつきっきりでAさんの業務を確認しなければならなくなった。

上司から厳しい注意を受けたすぐ後で同僚と談笑するなど、真剣に仕事と向き合っている様子が見られず、上司はAさんとコミュニケーションがとりづらい、こちらの意図が伝わっていないと感じ、イライラを募らせた。厳しい指導が続いたある日、Aさんから「医師から気分障害と言われた、上司のパワハラにより休職せざるを得ない」との連絡があり診断書が提出された。

例2:業務が覚えられないBさん。ある日パニックを起こし、母親から職場いじめがあったとする抗議の電話が来た

Bさんに仕事を教えると自信ありそうに「わかりました」「できます」と答えるが、実際には何回教えても仕事が覚えられないようだった。上司に対する報告、連絡、相談は一切ない。複数の作業を行わなければならない時には大変混乱するようで、手順を考えることができないようだ。ある時、パニックを起こしたBさんは、業務時間の途中で自宅に帰ってしまった。翌日「職場でいじめを受けたせいで体調が悪い」と母親から会社に抗議の電話があった。

背景に発達障害?

どちらのケースについても、背景に発達障害があるのでは?とお感じになった方が多いのではないでしょうか。私たちは医療の専門家ではありませんので、何らかの発達障害を疑ったとしてもどのような対応をすべきか悩ましく感じることが多いと思います。ましてメンタル不調やパワー・ハラスメントの問題が絡んでくると、ますます対応に苦慮されるのではないでしょうか。

企業に求められる対応

(1)職場全体に対するストレス対策

「コミュニケーションがとりづらい」「ミスを繰り返す」「自分のやり方にこだわる」など、周囲との摩擦が起こるような言動がみられたとしても、発達障害だと簡単に決めつけることは避けるべきです。

職場の人間関係や、仕事の教え方や与え方に問題がある場合も少なくないように思われます。

まずは、職場環境を見なおし、働く人全体のストレスを軽減するような対策をとられてはいかがでしょうか。

米国国立労働安全衛生研究所は、職場環境を通じたストレス対策のポイントとして次の7項目を提案しています。※1

  • 過大あるいは過小な仕事量を避け、仕事に合わせた作業ペースの調整ができること
  • 労働者の社会生活に合わせた勤務形態の配慮がなされていること
  • 仕事の役割や責任が明確であること
  • 仕事や将来の昇進・昇給の機会が明確であること
  • 職場でよい人間関係が保たれていること
  • 仕事の意義が明確にされ、やる気を刺激し、労働者の技術を活用するようにデザインされること
  • 職場での意思決定への参加の機会があること

以上のような施策を行いつつ、個別の対応を進める必要があると思います。

(2)個別対応の留意点

個別の対応としては、次のことに留意されると問題が軽減することがあるようです。

  • その従業員の話をしっかり聴き、その行動や気持ちを理解するよう努める
  • 対応する際に感情的にならない。
  • 業務を小さく分割するなどして、段階を踏んで取り組めるようにする。
  • 業務の指示は具体的にわかりやすく、できれば図表で示すなどの工夫をする。
  • 音や匂い、皮膚感覚が過敏な場合は、「イヤホンを使用してもらう」「作業着を強制しない」などの対策をとる。

発達障害と一口に言っても、多様な種類があります。また、個人によっても社会に適応する時に感じる難しさの度合いは違うと思います。職場には「相手を見て、相手に応じた対応をとる」ことが求められています。

(3)医療との連携

職場でのトラブルの背景に発達障害が想定される場合、私たちは「何とか調べる方法はないか」という気持ちを持ってしまいがちです。

ですが、発達障害は病気と言うより「得手不得手の濃淡」だと思った方が近いのかもしれません。

また、大人の発達障害についてははっきりと診断をつけることが難しい場合も多いようです。
業務上の問題が解決され、職場になんとか馴染んでもらえるようであれば、あえて検査にこだわる必要はないのではないでしょうか。

問題の解決が難しく医療機関や産業保健スタッフの介入を考える際は、「本人の希望」「周囲への負担がどの程度か」「トラブル発生の度合い」「二次被害」などをよく検討なさってください。

診断がついた後は、状況に応じて産業保健スタッフとの面談を設定したり、服薬の指示があれば内服を継続できるような支援をすることが考えられます。

場合によっては就業上の配慮(配置転換、労働時間の短縮など)も必要になってきます。 

また、産業医と主治医が連携して情報交換できるような働きかけも有効だと考えられています。

産業医がいらっしゃらない場合は、企業の相談先やご本人の相談先として、次の窓口をご活用ください。

〇障害者就業・生活支援センター

 就業に向けた生活基盤整備のための各種相談に対応してくれる機関で、相談内容は、障害を持つ人に対する就業支援と生活支援。登録すれば、無料で支援を受けることができる。また、障害者の雇用管理に関する企業からの相談にも対応可能。

〇産業保健総合支援センター

 産業保健活動に携わるすべての人に対して、産業保健に関する研修や相談対応、情報提供などを無料で行っている。各都道府県に1つずつ設置されており、企業からの相談に対応。

〇精神保健福祉センター

精神保健福祉法に基づき,精神保健の向上と精神障害者福祉の増進のため,精神保健に関する知識の普及,調査・研究・相談・指導等を行っている。各都道府県及び政令指定都市に設置されており、個人からの相談に対応。

〇発達障害者支援センター

 発達障害のある人の日常生活をサポートしている。診断を受けている大人や子ども、その家族だけでなく、まだ診断を受けていないものの発達障害の可能性がある人の支援も行っている。窓口は各都道府県や政令指定都市の自治体となっており、一つの自治体に複数のセンターがある場合もある。いずれも無料で個人からの相談を受け付けている。

(4)メンタルヘルスへの配慮

発達障害の人は、様々な生きにくさを抱えて頑張っておられますが、それが周囲には伝わりにくく、問題点だけが目につくことになりがちです。

苦手とする業務に従事したり、上司からの叱責を受け続けるなかで、他のメンタルヘルス不調を併発する事例が後を絶ちません。
このようなケースでは、指導する側の管理職にも大変なストレスがかかっていることが多く、実はお気の毒に感じることがしばしばあります。

ただし、たとえ本人に問題があったとしても、感情のままにイライラをぶつけてしまっては本当のパワー・ハラスメントになってしまいます。

「わかりやすく何回も説明しているのに理解してくれない」などの特性を感じた場合は、感情的にならず図表を用いるなど別の方法で説明する、その人が信頼している人を相談係、指導係にするなどの工夫が必要です。

守秘義務に留意しながら、職場の中で範囲を決めて情報を共有し、支援していけるような体制を作ってください。

障害者雇用と人的資本経営

このコラムでは企業へ求めることばかり書いているようで、現場の担当者のご苦労を思うと多少申し訳ない気持ちにもなってまいります。

障害を持つ人を雇用してうまくいっている職場は勿論たくさんあると思いますが、疲弊して相談に来られる人事担当者のお話しを伺うことも稀ではありません。

「思わぬこと」が起こるのが障害者雇用だと思います。それでも、人と向き合い対応を考えてきたご苦労の積み重ねは、必ず企業の財産となり、人を礎とする経営の支えになる筈です。

最近、「人的資本経営」という言葉をよく耳にします。

この言葉は、2020年9月、経済産業省が「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」の最終報告書(通称:人材版伊藤レポート)を公表したことで、特に注目を浴びるようになりました。

経済産業省によれば、人的資本経営とは”人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方”と定義されています。※2

近年の働き方改革や育児介護休業法の改正、高齢者雇用の推進、障害者法定雇用率の引上げなど、国の諸政策もすべて人的資本経営の整備に連なるものと言うことができるでしょう。

全ての人が活き活きと働き、その価値を高めてゆける社会。その実現は生易しいことではないかもしれません。

私たちは今ある困難の先にあるものを見つめて歩みを進めてまいりたいと思います。

※1 「健康経営」推進ガイドブック   経団連出版2015より
※2 経済産業省ホームページより
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html

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