増加するメンタル不調者への対応を考える

働き方改革 / 生産性向上 / 人事労務


最近、「うつ病」等のメンタル不調社員が増え、対応に苦慮する会社が増加しています。むしろ、不調者が全くいない会社の方が少ないという状況になっています。かつての「経済大国にっぽん」は、いまや「心の病大国にっぽん」になってしまいそうな感があります。この現状に対して会社がどう対応すべきか、その場しのぎでない考え方や手順を整備しておかなければ、社員のモチベーションアップなど望むべきもない時代の到来といえます。
 

1.最近の出来事

最近立て続けに遭遇した出来事を紹介します。ひとつ目は、複数の会社で類似の事態が発生したのです。その出来事とは、中途採用した社員が入社後わずか3日から10日の間に突然無断欠勤をし、連絡が全く取れなくなったというのです。携帯電話が繋がらない、自宅に見に行ってもいない(家族のみ)。その後、結局退職扱いせざるを得なくなったというのです。おまけに、そのうちのある会社ではせっかく進めていた助成金申請が、「会社都合による解雇があった」として受給資格なしと言われてしまいました。さすがにこれは、労基署に実情を説明し事なきを得ましたが、思わぬところに波及し慌てました。
 
また、こんな出来事もしばしば起きています。それは、応募時の履歴書に短期間での就職と退職の繰り返しが記されている応募者を、緊急の人手不足解消のため敢えて採用した。すると案の定、入社3ヵ月を経過した頃から周りの社員から浮いた言動が目立ち出した。上司が注意したところ、欠勤がはじまりついには休職、そして復職することなく退職に至ってしまったというのです。転職には各々事情がありますが、短期間の繰り返しや退職から再就職のブランクが1年以上と長い場合は、メンタル不調が原因となっている可能性があります。
 
また、別の会社では、当該会社の主要取引先の社長に頼まれ、その御曹司を縁故入社させた。ところが、その社員が仕事上のミスを繰り返すようになり、少し厳しく注意したところ「実は私は発達障害なのです」と告白されてしまった。そこで会社は、担当業務や部署を異動させて環境を変えてみた。でも、かえって周りの社員が御曹司に対する「特別扱い」として反発してしまい、うまくなじめないまま結局退職してしまいました。
 
これらの出来事が発生する要因としては、現代の競争社会における強いプレッシャーもありますが、急速な少子高齢化の結果社員の採用がままならず、採用のハードルを下げざるを得ない事情。また、経済的に恵まれた社会が実現した結果の「がまん」を求めない教育。親の保護のもと「しあわせの青い鳥」を求めて「自分探し」を続け、勤務に求められる厳しさを自力で乗り越えずとも生きていける人の増加、等が考えられます。
 
そのような人々に対して、昔からの「最近の若者は…」という嘆きの発想からの対応では、問題が解決しないどころかメンタル不調に拍車がかかる可能性があります。今求められているのは、まず、メンタル不調の真の要因は何か、また、その解決に会社がどこまで担う責任があるかを確認したうえで、この問題の抜本的な対策を立てることです。
 

2.メンタル不調の要因

まず、メンタル不調の要因が何処にあるのかを正確に把握する必要があります。要因としては以下の点が考えられます。
 

(1)業務上の過大なプレッシャー

まず、業務上果たすべき責務、業務目標の達成、会社内外の関係者との折衝等については、本来自ら努力して克服しなければなりません。ただ、本人にとって過大なプレッシャーと感じる場合はメンタル不調を発生させてしまうことがあります。
 

(2)上司の「パワハラ」 

業務上、上司による「過大な要求」「精神的攻撃」や、逆に「過少な要求」等の「パワハラ」が発生している可能性があります。受けた社員が「セクハラ」と感じるかどうか判断基準となる「セクハラ」と異なり、「パワハラ」は「業務上の必要な指導」であるかどうかが判断基準です。ですから、業務上必要な言動であれば「パワハラ」とはなりません。ただ、その指導方法が「肉体的攻撃」「精神的攻撃」等に当たる場合は「パワハラ」に当たります。加えてパワハラ被害の訴えがなくとも、会社の見えないところでパワハラが行われていないかを十分調査をする必要があります。組織内で力を持つ管理職が「パワハラ」を行ったときは、他の社員が注意できないだけでなく暗黙の裡にそれを支持し表面化しにくいことがあるからです。
 

(3)同僚間のイジメ

これも「パワハラ」の一種とも言えますが、上司ではなく先輩や同僚が「イジメ」、即ち「他からの切り離し」をする場合があります。特に前述のような発達障害の社員は、その症状として、同僚や先輩に対して配慮を欠いた行動をとり孤立状態になり勝ちです。そのため、周りの社員が仕事上の失敗を殊更あげつらってイジメが生じること少なくありません。 
 

(4)業務以外の要因

私生活においてメンタル不調を生じさせる事柄もあります。「配偶者をはじめとする肉親の死や病気」「自らの病気・事故」「家族との不和」「失恋」「結婚」「子育て問題」「引っ越し」「住宅購入」等々です。業務外のプライバシーに関わることでありますが、それらについて把握することも重要です。
   

3.企業に生じる責任と問題

それでは、メンタル不調者に対して会社にどのような責任を負うのでしょうか。会社は社員が安全な環境で働ける職場を提供するという「安全配慮義務」があります。この安全配慮義務違反により労災認定が下り、更に民事上の高額の損害賠償責任を会社に科す裁判例が出ています。また、「パワハラ」等の相談対応業務をしている総務社員が、社員の訴えを放置したり、プライバシー侵害をした場合は勿論のこと、被害者が期待するような解決に向けた行動をとってくれなかったとして責任を追及されることがあります。
  

4. メンタル不調発生から復調までの手順

管理職には、メンタル不調の社員と他の社員との両方に気を配りつつ、業務上の支障を少なくするための負担が大きく掛かります。同時に、周りの社員にもメンタル不調者の業務をカバーするための負担感が募ります。メンタル不調者は心の余裕がなく、周りの社員が配慮してくれていることについて感謝の言葉を発しないことが多く、溝が深まり症状が更に悪化するという悪循環に陥り勝ちです。従って、会社としては、対応が後回しや御座なりにならないよう、以下の手順を明確にしてかつその通り実行するよう徹底しなければなりません。
 

(1)防止対策

➀ストレスチェックの実施

50人以上の社員等を雇用している事業所は、「ストレスチェック」を毎年1回実施することが義務付けられています。それ以下の人数の場合は、社員の生の声を聞く(上司との面談等)機会を持つ必要があります。その内容を分析して、個人的、又は部署として生じている不具合をみつけ解消していく努力が必要です。
 

➁社員教育

一般論として「ストレスは体に悪く万病の元になる。従ってストレスは避けるべき」とされています。しかし、会社が個々のストレスをすべて取り除くことは不可能です。そこで、ストレスに打ち勝つ考え方を教えて、ストレス耐性を強め、自己対応ができることを目指す教育が必要です。例えば、「当たり前のことに感謝すること、事実をありのままに認め、期待すること自体を止めることでストレスそのものを消すことができる」等です。
 

(2)メンタル不調の兆候

前兆となる以下の行動が繰り返しあった場合、メンタル不調者となっていることが懸念されます。
・ミスの頻発、忘れっぽい
・残業の増加
・行動や言動の変化
・身体的な不調
 

(3)発覚後

メンタル不調者が発覚した場合は、その発生事情を聴取しなければなりません。そして、都度産業医にも状況を伝えておきます。但し、その情報はプライバシーを守ることを第一に考え慎重に取り扱います。
メンタル不調を治すためには、基本に立ち戻って「休むこと」と「寝ること」等、まずは規則正しい生活を取り戻させることです。
メンタル不調が長期化した場合は、主治医と産業医の意見を基に会社が判断して休職発令を出します。その際には休職制度(「5.休職制度休職規程で定める規定の注意点」参照)や、経済的な救護制度(1年半支給される傷病手当金、奨学金返済の猶予等)を伝えます。これらの事項は、家族にも知らせて、会社がメンタル不調に十分配慮していることを理解してもらうことを忘れないようにします。   
   

(4)相談窓口等

相談窓口の充実も求められます。つまり、「パワハラ」防止法により設置が義務付けられている社内外の「相談窓口」を活用して、メンタル不調者に対して、ハラスメント等の解決までに誠実な対応をしなければなりません。
 

(5)復職にあたって

 復職にあたっては、必要があれば休職の最終段階として「試みの出勤」をさせて状況を見ます。この場合は、業務をさせず出勤それ自体に慣れる期間とします。この段階で賃金を支給すると、周りの社員に不公平感を与えたり、本人にも通常業務遂行へのプレッシャーを感じるためです。試みの出勤がうまくいけば、短時間勤務に切り替えて出勤扱いとして本格的な復職に道筋をつけます。
 

5.休職規程で定める規定の見直し

私傷病による休職規定は、勤続年数に応じた長さの休職期間を定め、その期間中は無給することが一般的です。以下、メンタル不調者への適切な対応ができるよう休職規定を見直しを検討する必要があります。
 

(1)休職判断の期間の短縮化

私傷病の休職にいたるまでの欠勤期間を3か月間おいているケースが多いですが、見極めには1か月程度でも可能と言えます。
 

(2)休職発令、終了予定日の明確化

休職期限をめぐってトラブルを招かないよう、休職発令自体を本人にきちんと伝えて休職期間の終了予定日を明確にすることが重要です。
 

(3)休職期間の通算規定の見直し 

復職後一定期間内に同一または類似の病気により欠勤した場合は、休職期間と復職後の欠勤期間と通算する規定が必要です。この場合に休職者が通算されないよう休職と一定期間以上の復職を繰り返し、いつまで経っても休職期間が満了せず、会社として対応に苦慮することが現実にあります。そのため、復職後再度欠勤したときは、時期や病気に拘わらず常に通算することで繰り返しに歯止めを掛けることも検討します。
 

(4)休職期間中の義務

休職期間中は、月1回の会社へ状況報告を義務付けます。
 

(5)治療専念義務

休職期間中は、治療に専念することを義務付けます。海外旅行や趣味を楽しむ等ストレス解消など治療に不要な行為は出来ないようにします。
 

(6)休職復職の判断

主治医のみならず産業医(会社の指定する医師)の診断に基づき、会社が判断します。 
  

6.まとめ

つい40年前は世界NO.1であった日本の労働生産性は、今や先進諸国中で最後尾近くにまで落ちています。メンタル不調者の頻発が、更に生産性を下げることにもなります。また、メンタル不調のまま退職した社員が、それを克服できず長年にわたって「引きこもり」になってしまうことも少なからずあり、日本の労働力不足に拍車が掛ります。メンタル不調の防止、回復対策は労務管理上喫緊の課題です。ポイントを押さえた一貫性のある対応が求められます。

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